親と子供の心が離れる~児童虐待の問題を抱えて~

児童虐待やイジメ、自殺など子供に関する様々な問題がある今、大人、特に親がどう子供に接していくかが問われている。

父親を無視する子ども達

   

ちいさいひと 青葉児童相談所物語

家庭の中で父親の存在はあまり重くみられていないな、とそこで私は思わぬわけにいかない。

ある中学生がこう言った。
「ご飯を食べていたら、父が急に『才レの小さかったときは、白レメシそのものがそう簡単にありつげるものではなかったんだ。道ばたの草をつんで、しょう油も砂糖もなしに岩塩という黒い塩だけで味をつけて食べたんだ。こんな卵、月に一度あるかなしだ』なんて言うんです。だからどうだっていうんか、それがさっぱり分らないんですよ。そうですかって返事しとくいがいに手がないんですよ。だから、おまえ達も食べるなって言うのか、それじゃあ毎日の食事をお母さんが用意しなきゃいいじゃない。なんだか父がいると気まずくてね。ご飯がちっともおいしくない。なにか言うと、すぐ『おまえ達に分ってたまるものか』つて怒りだすんですけどね。父がなにを考えているのか、よく分らなト。だから、父、かいたら、子どもはみんな二階へあがっちゃうんです」

またある高校生はこういう調子である。話をしていて、私か、「ところで、そのことをお父さんはどう言ってらっしやるのかな」とたずねると、彼が、
 「父は死んで、いないんです」
と答えたので、私はあわててしまった。確かこの子の母親から父親のことは聞している。死んで、いないなんてことはない。自分の思い違いだったのかな。いや、それとも、母親は再婚で、いまの父親はこの高校生にとって義理の父親ということだったのか、などと考えながら、
 「いつ亡くなられたの?」
とたずねると、
 「平成○○年9月11日です」
と言う。よく聞いてみると、なんのことはない。二年前のその夜、まだ彼が中学生で、高校進学のことで親子のいさかいがはじまり、彼の方が父親に菓子の木箱を投げつけたことから、それまでになかった大立まわりがはじまり、組みついてきた父親と部屋中をころげまわって、容謝なく父親を打ちのめしたのだという。すると、父親は、憎々しく冷たく「よーし、ワシは今後いっさいおまえのことをかまってやらん。口も聞かんから覚悟をしとけ」と言い放ったので、「そっちこそ覚悟しとけ。もう父親なんかおらんと思うてやるからな」と言い返してやった。それから、父親とはいっさい口を聞かないことにした、という。そして、それからもう二年にもなるのである。
 「つまり、あの日、ぼくの父は死んだのです。この世からいなくなったんです」
カッコのいい文学的表現だと感心したが、子どもも父親も痛ましいなあ、と考え込んでしまった。

父と子、世代の違う者同士、共通の言葉をもたない。話にならないから父親とは話をしない、と言って父親を無視しようとするが、それとはむしろウラハラに、心の底に、父親に期待するものがずいぷんと大きいのではないだろうか。

このズレは、なにによって埋めていくことができるのだろうか。

親と子供のズレから虐待に発展していくことも多いようだ。ちいさいひと 青葉児童相談所物語 という漫画で詳しく紹介されているので、詳しくは割愛するが、児童虐待が良く分かる内容になっているので一読の価値はある。

ある父親の集まりに出てみて

ある地域の公民館の主催する父親講座に、講師としてよばれたのでいってみた。母親の集まりは、PTAとか婦人会とかでたびたび経験してきたが、父親の集まりに出させてもらうことはまずない。どういう受けとめ方をしてもらえるかを気にしながら、よく話す親子のズレについての実際例を中心に話をすすめた。

あとで書く例だが、父親かなぐりかかると、子どもが電話にとんでいって、110番して助けを求めた話とか、親が子どもを放りだすのとは逆に、両親が息子に家からしめだされた話、あるいはほんの些細なトラブルがもとで首つりさわぎになった話、そしてまた、息子のガールフレンドを両親がさがす先の話とか、父親がひとり応接間で食事をする話とか、そういった、親の言うことをきかないどころか、親が努力すればするほどナソセンスなこじれ方をするケースを話していくと、母親の集まりでは、ちょっと思いがけぬ話のなりゆきに、げらげら笑いだすのが普通なのだが、その父親の集まりでは、話してもなんの反応もないというべきか、父親達の無表情さが変らないのである。

話していて、だんだん私は不安になってきた。父親の場合、講座にでも出ようかというのは、日常十分に親として配慮してきた人達で、私の出す例が、話にならない、参考にもならない、興ざめもいいところだと評されているのだと思ったから、これは失敗したな、と感じたのである。ところが、後目、その講座の受講者のアンケートのまとめが送られてきて、おどろいた。多くの出席者、か、私の話す事例ことごとく、自分o家庭そっくりで、身につまされてとても聞いていて余裕がもてなかったというように書いているのである。

父親が、子ともにどうも問題があると気づいて、これではいけないと思ってなにかやればやるだけ、どうも逆効果ばかりが目立つ。悪い方へ悪い方へと追い込んでいくようだ。どうも父親として自付加もてない。と、多くの父親が感じているようだということが、そのアンケートにあらわれていた。

ある父親は受講の感想を、「話を聞けば間くほど自分かまさに駄目な父親に思われて、ますます自信がなくなってきた。しかし、私は一人の父親なのだ」と結んでいた。

健気ないじらしい決意がそこににじんでいるが……。

 - 親と子供の問題

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